あらきけいすけのメモ帳

あらきけいすけの雑記帳2

京大の出題ミスのプレスリリース資料への根本的な疑問

まずはじめに京大の説明に抗議したい。説明資料*1に曰く:

従って、耳の動作原理を理解している解答者が、「音波の強弱は圧力変化の大小を意味している」と考えることは自然である。ただし…

とあるが、なぜ

だから天下の秀才を集めるる京大としては、これを理解しているレベルの学生を取ります。だからこの点では出題ミスにはあたりません

という論理ではないのか?

以下の計算をした結果、持った感想はこうだ:

「いえ、奴はとんでもないものを盗んでいきました」
「…?」
「物理学のココロです」

京大の出題ミスに対するリリース資料の中に「マイクロフォンには、変位 (速度) を検出するタイプのものも存在する」という記述がある*2。そしてこれが「出題ミス」の根拠となっている*3。これはよしだひろゆき氏の資料*4を下敷きにしたのではないかと考えられる。あらきは寡聞にしてそんなマイクロフォンの存在を知らない(検索してもなかなか見つからない)。そこで変位の大きさを具体的に求めてみて、どんな振動をするのか調べてみた。データの参照は可能な限りわざと Wikipedia を参照する。

まず「音の大きさ」を60dBとする。この大きさは環境庁の騒音基準*5において「相当数の住居と併せて商業、工業等の用に供される地域」の昼間の騒音の基準値である。目安としては「静かな乗用車, 普通の会話, 洗濯機(1m), 掃除機(1m)」*6とある。まずdBをPaに換算する。音圧の定義*7より、\displaystyle60{\rm{dB}}=20\log_{10}\frac{p}{p_0}である。ここで

p_0=20\times10^{-6}{\rm{Pa}}は人間の最小可聴値*8

である。これを解いてp=p_0\times10^{60/20}=20\times10^{-6}{\rm{Pa}}\times10^3=0.02{\rm{Pa}}となる。*9

次に0度C, 1気圧の乾いた空気の密度は1.293{\rm{kg/m^3}}*10, 音速は331.45{\rm{m/s}}*11であるから、変位の空間微分*12\displaystyle\frac{\partial\delta}{\partial x}\sim\frac{p}{\rho c^2}=\frac{0.02{\rm{Pa}}}{1.293{\rm{kg/m^3}}(331.45{\rm{m/s}})^2}=1.408\times10^{-7}となる。

ここで聞いている「音の高さ」を440Hzに設定する。この音はラジオの時報の音として誰もが知るピッチの音である*13。この音の波長は\displaystyle\lambda=\frac{c}{f}=\frac{331.45{\rm{m/s}}}{440{\rm{s^{-1}}}}=0.7534{\rm{m}}である。この値を用いて変位\deltaを概算すると\displaystyle\delta\sim\lambda\frac{\partial\delta}{\partial x}=0.7534{\rm{m}}\times(1.408\times10^{-7})=1.060\times10^{-7}{\rm{m}}となる。つまり

60dB, 440Hzの音の変位の大きさは0.1ミクロン程度(ちなみに大腸菌の短軸が0.4~0.7μmくらい*14*15

ということだ。

60dB程度の音響の場で100nmのオーダーの流体の振動を(もちろん流れを測るのだからマイクロフォンのカバー無しで流体中に直接に晒して)捉えられるダイアフラムを持ったマイクロフォンをご存知の方はあらきにご連絡を!*16

さらに計算を進める。変位\deltaを基にして速度の大きさ\displaystyle u=\frac{\partial\delta}{\partial x}を求めてみる。\displaystyle u=\frac{\partial\delta}{\partial t}\sim c\frac{\partial\delta}{\partial x}\sim\frac{p}{\rho c}=\frac{0.02{\rm{Pa}}}{1.293{\rm{kg/m^3}}\times331.45{\rm{m/s}}}=4.666\times10^{-5}{\rm{m/s}}となる。この値を基に、(熱力学的な圧力ではなく)空気の変位に基づく力(全圧=ゲージ圧+動圧の動圧の部分)大きさのオーダーを評価してみる。

\begin{array}{l}\displaystyle\rho u^2\sim\frac{p^2}{\rho c^2}=\frac{(0.02{\rm{Pa}})^2}{1.293{\rm{kg/m^3}}\times(331.45{\rm{m/s}})^2}\\=2.815\times10^{-9}{\rm{Pa}}\sim10^{-4}p_0\end{array}

この値を安直に解釈すると

60dB程度の音による変位の振幅に基づいた「音の大きさ」は、ヒトの可聴最小音の1万分の1くらい(およそ-40dBくらい)

となる。「定在波の変位の腹の音」が「聞こえる」とは到底思えない。なぜこんな屁理屈を「出題ミス」の要因として持ち出すのか?*17

高校物理の範囲ならむしろ「開管の共鳴」を持ち出すべきではないのか?「開管の共鳴」には次の特徴がある:

  1. 「入射波」「反射波」がある(だから定在波が立っている。しかも音の反射に「固い物質」は必ずしも要らない例になっている)
  2. 管に関して音源と反対側に音が伝わる(これは「壁の向こうに音が伝わる」問題設定と一貫している)

したがって問題の状況は「開管の共鳴」とのアナロジーを取れるから「圧力に関して固定端反射」という推論をやれるだけの材料が高校物理にあるし、京大が欲しい学生はこういう推論もできる(だから何の「固定端」かで迷う)人ではないだろうかとも思う。

私は音響は素人であり、先のエントリを見てもわかるようにおバカなので、みなさまの御叱正を賜りたい。

*1:http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/admissions/events_news/office/kyoiku-suishin-gakusei-shien/nyushi-kikaku/news/2017/documents/180201_2/04.pdf

*2:京大, ibid.

*3:ちなみに「開管の共鳴」を高校で教えていることをすっかり忘れて、卵と壁?あるいは京大の音波の問題を解いてみた - あらきけいすけのメモ帳というお間抜けなエントリを書いたあらきは、現在、「京大の問題は、壁の反射条件が一意に決まらないので、出題ミスだった(だから京大の「ミスへの理屈」はダメだが、「対処」は正当である)」という意見に変わっている。反射条件の話はそのうちエントリを書きたい。

*4:https://www.dropbox.com/s/qf5ps8v23nccr96/resume.pdf?dl=0

*5:環境省_騒音に係る環境基準について

*6:騒音値の基準と目安 | 騒音調査・測定・解析のソーチョー

*7:音圧レベル - Wikipedia

*8:最小可聴値 - Wikipedia

*9:ちなみに大気圧はおよそ10^5{\rm{Pa}}なので音の圧力は約0.0000002気圧である。

*10:空気 - Wikipedia

*11:音速 - Wikipedia

*12:Sound pressure - Wikipedia

*13:A440 - Wikipedia

*14:大腸菌 - Wikipedia

*15:[2018.3.6追記]大気圧程度だと平均自由行程が68nm(平均自由行程 - Wikipedia)なので、音の変位の大きさは分子運動が「見える」サイズ、すなわち連続体(分子運動の平均値)としての流体の変位を測りたくても、個別の分子の運動の平均値と揺らぎが見えてしまい、瞬間の「変位」は確定できないのではないか?

*16:[2018.3.8追記]そもそも論として、流体の「変位」「速度」「加速度」を考えると、加速度は「流体のぶつかった相手(例えばダイヤフラムや圧電素子)」にかかった力(音圧)の反作用として測れる。速度は熱線流速計 microflown で測れる(丁寧で親切なコメントに感謝!)。変位は流体の位置を測らねばならないから、連続体としての流体の動きに追随する何か(追跡用の粒子など)を観測しないと測れないのでは?だから「100nm程度の変位を測るためのマイク」というものをなかなか想像できないのである。

*17:あらきは吉田氏には「マイクロフォンの実在」に関する挙証責任があり、それを未だ果たしてはいないと考えている。